映画ちいかわの感想

2026-09-02

映画ちいかわを見ました!すごい映画でした。
記念に描いたファンアートをご覧ください。

「ちいかわの去った世界で一人でかつよと戦い続けるハチワレ」です。ご覧いただきありがとうございました。

さて、せっかくですので、感想を書きたいと思います。ネタバレ有りです。

本作の、人魚の島のエピソードは、原作を読んだ記憶もうろ覚えになっていましたが、映画が始まるや一気に引き込まれてしまいました。

特に印象に残ったのは、映像作品になったことでさらに際立ったセイレーンの格の違いです。

一つ一つの動きにちいかわたちとは全く違う重量感が感じられました。
にも関わらず、鈍重さは全くなく、妙に滑らかで俊敏。
圧倒的なフィジカルを持ちながら、変な歌でツタを操る謎のパワーも持ち合わせている…
事を構えてはならない存在だということが一目で伝わって来ました。
声のおかげか天真爛漫な可愛らしさにも磨きがかかっていたと思います。
あの爛々と光る目との落差に衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。

一方、映像になったことで、「犯行の瞬間」のインパクトも一際高まっていたと思います。
島の歓迎ソングが虚しく響く中で鈍い音が響き続ける様は、もう元には戻れないという苦しみを突きつけてきます。

この非対称性は驚くべきものです。
つまり、セイレーンという存在は、強く、思いのままに生きており、それが故の奇妙な魅力を纏っています。
セイレーンは突然島にやってきて好き勝手に振る舞いますが、誰も咎めることはできません。
罪なき一般市民を轢き殺したとしても、犯人探しと称して大量殺人を犯しても、セイレーンを捕まえられる警察もいないし、彼らを裁く裁判所もありはしないのです。
それどころか、奇妙な力で作物の生長を早めるとして、彼らを歓迎する声さえあります。
おそらく、ヒトハ・フタバも最初の犠牲者というわけではないのだと思います。

一方でヒトハ・フタバはどうでしょうか。
彼らは共に生きるため、人魚を殺し、それを命懸けで秘匿することになります。
それも、白昼堂々殺人を行うセイレーンとは異なり、寝込みを襲うという、ある種姑息とも言える方法を取るしかありません。
彼らが島民に対して罪悪感を抱いていたのかはよくわかりませんが、「バレたら殺される」という心理状態で生きること自体、相当な重荷だと思います。

このように「弱者故のダーティな手段」に訴えざるを得ないのは、島民たちも同じです。
島民たちがちいかわを偽の依頼で呼び寄せたことはある種の詐欺と言えるでしょう。
しかし彼らのは、騙し討的に助けを求めるという道しか残されていなかったのかもしれません。
ちいかわたちが辛いカレーで戦おうとするのは可愛らしいですが、これも正攻法という感じはしません
…というのは、こじつけすぎかもしれませんが。

力ある者が思うように振る舞い、その罪を誰も問うことが出来ないばかりか、正義・美をも独占しかけている。
そんな時どうすればいいのでしょうか?
「それでも真っ向からやる」というのが、ラッコや島二郎といった人物の選択なのではないかと思います。
彼らこそこの作品の良心と言えるでしょう。

では我らがちいかわはどのような位置にいるのか?それを示すのが、終盤のキャンプファイアのシーンではないかと思います。
ちいかわは、ヒトハ・フタバが何をしたのか、大枠ではわかっています。
しかし、二人と正対しながら、ちいかわはその点を二人に聞くべきか、逡巡しているようでした。
最終的に、ハチワレがちいかわたちのもとにやって来て、ちいかわは沈黙を守ることになります。

このシーンは、「ちいかわがヒトハ、フタバたちに近い場所に立つことを選んだ」というシーンなのではないかと考えています。
二人が抱える、語っても辛いだけの、守らなければならない秘密。それを察したちいかわは、彼らの平穏を壊さないことを選んだのだと思います。
ひいては、ハチワレに恐ろしい真実が伝わることも避けたいと思ったのかもしれません。
いずれにせよ、弱きものが進む美しからざる道に対する、ちいかわの尊重が垣間見えます。

ハチワレは帰りの船で「強くなりたい」と語ります。

ハチワレは、この島でかつて何があったか深く知っているわけではありません。
彼がこの島から持ち帰ったものはちいかわとは全く違うということです。
ハチワレの言葉を素直に受け止めるならば、彼は、島二郎やラッコのような、「それでも真っ向からやる」という未来を思い描いているという気がしてきます。
しかし、このシーンを見た私の頭の中には原作のその後の展開が思い浮かびました。
——彼が、セイレーンのような力の誘惑に飲まれていかないと言えるでしょうか?

小さな友情が力によって奪われていくストーリーをこれでもかと見せつけられたあとに、何も知らないハチワレが力への意志(=友情の終わり)を見せて終わっていく…という様は絶望的でした。

この映画を観た後は、日々の様々な出来事や、「好きなだけ奪い、好きなだけ与えられる」ハリーマクドゥエルとブランドンヒートや、戦う運命にあるエックスとゼロ…等々が脳内で渦巻き、妄想が止まらなくなってしまいました。

改めてすごい作品だと感じると同時に、もう2度と観たくないような気持ちです。